第1話「慣習に過ぎなかったこれまでの売上計上手続」- 公開道中『膝経理』

こんにちは、有限会社ナレッジネットワーク 公認会計士の中田清穂です。平成の節目を迎える今年、経理に関わる人たちは大きな変化を迎えています。収益認識基準への適用準備やAI・RPA(ロボティクス)のようなテクノロジーの進展への対応が、自分たちの仕事にどのような影響を及ぼすのか。何を学びどのようなスキルを身に着けるべきなのか、不安な方も多いのではないでしょうか。

今日から始まる連載シリーズ「公開道中『膝経理』」では、とある株式公開して間もない企業の社長と経理部長が交わすちょっと滑稽な会話を通じ、経営や経理の世界で今ホットなテーマを取り上げながらも、表面的な理解にとどまらず、本質から理解することを目指しています。最初のテーマは「収益認識基準」です。

プロローグ

幸田一郎社長株式会社キンコンカンの幸田一郎社長田中清経理部長は、キンコンカンのメイン工場が置かれている愛知県を訪れていた。目的は現場視察による無駄な経費の洗い出しだ。

株式公開を果たして1年。ほどなくして創業者の父より社長を継いだ幸田一郎社長はキンコンカンを成長させたいと意欲満々ではあるが、熱血ぶりが時に空回りを招く。田中経理部長は、迷走しがちな幸田社長のストッパー役だ。

田中清経理部長また幸田社長は営業出身で、売り上げを伸ばすことには大いに手腕を発揮してきたものの、売上以外の経営上の数字には明るくない。

真面目で堅物な印象のある田中経理部長に小言を言われるのは嫌だと思いながらも、父親である先代の頃からキンコンカンの社内会計士として経理部を引っ張り、会社の内容を熟知している田中経理部長をやはり頼りにしている。

トラック発着所に引かれた線は、お飾りじゃない

幸田一郎社長
幸田

久しぶりだな、愛知工場。

田中清経理部長
田中

若社長が営業部長だった頃は、工場にもよく顔を出されていたのではないですか?

幸田一郎社長
幸田

そうそう。やっぱり現場の人たちとのコミュニケーション、すごく大事だからね。信頼関係ができていないと、急いで納品とか無理を聞いてもらえないから。しかし久しぶりに来てみると、愛知工場はちょっと古くなったという印象だな。

田中清経理部長
田中

わが社で一番古い工場ですから、老朽化は否めないかもしれません。

幸田一郎社長
幸田

田中さん、ここ見てよ。駐車枠の白線もそうだけど、特にトラック発着する、発送場の端に一本引かれた黄色い線はかなりはがれて薄くなってるなぁ。くたびれた感じで印象悪いから、いっそのこと消しておいてもらおうか?

田中清経理部長
田中

社長、それ本気ですか?

幸田一郎社長
幸田

え、俺なんか変なこと言った?

田中清経理部長
田中

ええ、大変なことをおっしゃっていますよ。

幸田一郎社長
幸田

何なの、何なの?

田中清経理部長
田中

つまり社長は発送場に引いてある黄色い線の意味をご理解されていないということですよね。

幸田一郎社長
幸田

工場を建設する時に、かっこいいからって、デザイン的に引いただけなんじゃないの?

田中清経理部長
田中

違います! 社長が一番気にする収益にかかわる、とっても重要な線なんですよ。

幸田一郎社長
幸田

この黄色い線が? はあ。

田中清経理部長
田中

この黄色い線は、私たち株式会社キンコンカンが出荷基準をもとに収益認識を行ってきたという証ともいえる線なんです。

幸田一郎社長
幸田

収益認識?

田中清経理部長
田中

はい、収益認識です。

幸田一郎社長
幸田

あ~、収益認識ね。

田中清経理部長
田中

……(間違いなく、わかってないな)

収益とはどこで発生しているのか?

田中清経理部長
田中

社長、わが社にお客様から製品の注文が入ると、この工場から製品が出荷されますよね?

幸田一郎社長
幸田

もちろん、そんなことは俺だって理解していますよ。

田中清経理部長
田中

工場で製造された製品を発送場でトラックに積んだ時点、つまり製品がこの黄色い線を越えた時点で「出荷した」として売上を計上する、つまり収益を認識することが出荷基準なのです。

そしてわが社は、出荷基準をもとに収益認識を行ってきました。しかし収益認識には出荷基準のほかに、納品基準や検収基準、それから回収基準など、さまざまな基準があるんです。

幸田一郎社長
幸田

売上計上基準って会社によって違うんだね、ふーん…って、ちょっと田中さん! それっておかしくない?

田中清経理部長
田中

何かおかしいでしょうか。

幸田一郎社長
幸田

だって出荷も納品も検収も回収も、同じ収益が発生するときのことを言っているわけでしょ。好きに決めていいの?収益を認識する基準がたくさんあるって変じゃない?

田中清経理部長
田中

おっしゃるとおり! 社長もたまには鋭いですね~。

幸田一郎社長
幸田

それって嫌味でしょ。

田中清経理部長
田中

そんなことはありません。しかし各社の認識基準が違うのは、至極当然なのです。なぜなら収益認識の統一された会計基準が、今まで日本にはなかったからです。もっと厳密にいえば、明文化されたものがなかったからなんです。

幸田一郎社長
幸田

マジで?

田中清経理部長
田中

私はスーパー経理部長として、株式会社キンコンカンを経理面から支える立場。常にマジです。嘘などつきません。

幸田一郎社長
幸田

よくわからないけれど、すごく変なことじゃない?

田中清経理部長
田中

変ですよね。変だからこそ、2018年3月30日に、ASBJ(企業会計基準委員会)が、日本で初めて収益認識に関連した会計基準を明文化して公表したんです。

日本初の会計基準は、日本生まれではない

幸田一郎社長
幸田

それを聞いて安心しました。じゃあもう全部解決ですね。それで、うちの認識基準だった出荷基準ってやつが収益認識基準のスタンダードになって、めでたし、めでたしってことですね。それなら黄色い線をもう一回引き直さなければ。いますぐ工場長に伝えよう!

田中清経理部長
田中

ちょ、ちょっと待ってください。落ち着いてください。そんなに簡単な話では解決しないから、やっかいなんです。

幸田一郎社長
幸田

???

田中清経理部長
田中

つまりですね、この収益認識の会計基準は、日本の会計基準でありながら、元々日本人が作成したものではありません。日本の公認会計士や税理士たちが頭を抱え、経理の現場担当者たちがどう理解したらいいのかわからないと混乱するくらい複雑なものなんです。

幸田一郎社長
幸田

はぁ? 日本の会計基準なのに日本人が作っていないって、どういうことですか。ますます意味がわからない。

田中清経理部長
田中

社長にはスーパー経理部長の私がついていますから、すべてを理解する必要はありません。ですが一人の経営者として、収益認識基準という新しい会計基準については大枠を理解しておいたほうが良いでしょう。社長のような経営者にとって、最大の関心事は売上のはずです。その売上を「いつ」「いくらで」計上するのかを決めた新しい会計基準が適用されることになれば、企業にとって収益の意味が今までとはガラリと変わってきます。

幸田一郎社長
幸田

確かにわが社の売上に直結する話だな。これは聞き捨てならない!

田中清経理部長
田中

そうですよね。会社の収益が変われば、当然ながら法人税や消費税といった税制面にも大きな影響が出てきます。つまり上場非上場に関係なく、日本で起業してビジネスを行っているすべての企業にとって、非常に重要な問題なのです。

幸田一郎社長
幸田

それさぁ、早くいってよぉ~。

田中清経理部長
田中

似ていませんよ、モノマネ。ええ、もちろんです。帰りの新幹線の中でお話しましょう。どうして日本の会計基準なのに、日本人が作成していないと言えるのか。そしてわが社の経営にどのような影響が出てくるのかを。

●次回、「収益認識基準の影響は? 損益に偏った経営情報の落とし穴(前編)」に続く ※第2、第4水曜日に掲載予定です。

中田の一言

日本で創業し、日本で経済活動を行っている企業であっても、IFRS(国際会計基準)は無視できない存在になってきました。「わが社は上場・公開もしていないし、海外に支店や子会社もないから、IFRSなんて関係ない」という考えでは、収益認識基準を理解することはできません。

特に2018年3月にASBJ(企業会計基準委員会)が公表した、企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」と、企業会計基準適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」は、日本初となる収益認識に関連した包括的な会計基準でありながら、中身はIFRSの「丸呑み」であり、日本独自のものというよりは国際基準そのものといえるものです。

つまり国際基準についても理解を深めておかないと、時代とともに変わり続ける会計基準についていけなくなります。会計基準は企業の経営に大きく関わることなので、その理解度によっては大きな損失にもつながりかねません。

例えば今回登場した収益認識ですが、株式会社キンコンカンが実施してきた出荷基準は、日本の多くの企業が採用している基準です。ほかにもお客様に納品したときに収益が生じると捉える納品基準、お客様側で数量や品質のチェックが終わった段階で収益が生じると捉える検収基準など、さまざまな基準があります。

新しい会計基準は、こうした収益認識にある慣習がひっくりかえってしまうほどの変化が訪れる可能性を秘めているといっても過言ではありません。

本連載でできる限り丁寧に解説していきます。

監修者プロフィール

中田 清穂(Nakata Seiho)

BOH_hero_nakataseiho_small_01.jpg公認会計士、有限会社ナレッジネットワーク代表取締役、一般社団法人日本CFO協会主任研究委員

1985年青山監査法人入所。1992年PWCに転籍し、連結会計システムの開発・導入および経理業務改革コンサルティングに従事。1997年株式会社ディーバ設立。2005年独立し、有限会社ナレッジネットワークにて実務目線のコンサルティングを行う傍ら、IFRSやRPA導入などをテーマとしたセミナーを開催。『わかった気になるIFRS』(中央経済社)、『やさしく深掘りIFRSの概念フレームワーク』(中央経済社)など著書多数。

追記 - ちなみに、連載タイトルは「東海道中膝栗毛」からです。「膝経理って何?」という質問が多かったので、お知らせです。(編集部)

監修:中田清穂 / 執筆:吉川ゆこ / 撮影・企画編集:野田洋輔

著者プロフィール

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野田 洋輔
Back Office Heroes 編集長

大学卒業後、グローバルIT企業でのマーケティング、メディア企業での営業/企画/新規媒体立ち上げ、スタートアップ企業でのマーケティング/広報立ち上げなどを行い、2016年12月コンカーへ。PRドリブン経営を標榜する同社で、市場創造(マーケティング)に取り組む。興味本位に個人でスマホアプリをリリースした経験もある。落語が好き。お酒も好きだが、すぐに眠くなるのが昔からの悩み。「よそう、また夢になるといけねえ」の境地には至っていない。
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